「心が受け入れようとしているものしか、目には見えない。」
―アンリ・ベルクソン
相変わらずよくわからないことばかりしている。
SOD風俗調査団だというのに、調査にも行かずアキバ神社でオナニーを見てもらったり、それを記事にして大量にアクセスが来ていることに対して怒ったり、まぁいつも通り好きなようにやらせていただいている。
本当は催眠術の話を書こうと思ったのだが、こっちのほうがいいかと思いこちらにした。
すべての事と催眠が通じているとまでは言わないが、催眠を学んでから見ることで、見えるものは格段に増えたと思っている。それがいいことなのかどうかはまだ、わからないが。
だいぶ前に、キャバクラへ行った。
酔っ払ってあまりよく覚えていないのだが、そこで指名した子と女装の話をしたらしい。
そして「今度服を買いに行こうよ。」と言われた。自分でも卑怯だと思う。
自分が20代前半であることをダシにして、向こうの心理的抵抗が減っていることにつけこんで女装でハードルを下げ、店外へ引っ張る。
まあ、キャバクラが化かし合いなのでそれに引っかかる人が悪いという擁護もありそうだが。
服を買いに行こうよというのは営業トークだと思っていたのだが、向こうは自分が女装するのを見たかったらしく、一緒に出かけ、服を買っていただいた。
ホテルで女装をした。
基本的にそっちに目覚める人というのは、鏡に映った自分を見て「可愛いやんけ・・・」と思うことでその道にのめり込み始めるらしいのだが、自分は鏡を見てまず「これはねえな・・・」と思った。
化粧をしていても、俺は俺なのだ。セミロングの髪をしていても、二重になっていても、まつげがバチバチでも、俺は俺なのだ。
性自認も関係あるかもしれない。結局、俺は俺でしかないと思っていると、身体の動きが男そのものである。
まぁそんなこんなで、鏡の向こう側は別世界になってくれなかった。
でも、女装というのは悪くなかった。
普段、知覚しようとしていなかった外界への意識が敏感になるのをハッキリと感じる。
俺は女に見えているのか?それとも単なるイロモノのオカマなのか?もしくはその中間を疑われているのか…
目の前の人間は、俺をどう見ているのか?どこを見ているのか?俺を見たことによって相手の身体や声、動きに乱れは起こったか?
普段は自分の声に相手がどう誘導されるかということしか考えていなかったが、女装によってまた別の知覚の扉が開いたのを感じた。
ということをキャバ嬢に伝えたら、「じゃあそれで遊びに行こうよ!」と言われた。
そうきたか。
まぁ別にいいか。いまさら女装して外に出た程度で失うものもない。
どうせやるなら、自分のしていることのクオリティを客観視してみたい。
動きのアプローチと化粧は、もともとの身体的ハンディを克服できるのか。興味はあった。
おそらく向こうは、単なる酔狂くらいにしか思っていないだろうが。
というわけで・・・
やってみましょう。
この写真を調査団の方が見ていると思うと陰鬱な気分になりますが、とりあえず忘れて…
文京区のラブホに入る。
毛を剃って化粧をすると、2時間ほど経過していた。
ウィッグ(カツラ)は美容師の友達に頼んで綺麗に整えてもらった。
この日は猛暑日だった。ただでさえ身体のラインを隠すような格好をしているので、暑くて仕方ない。
それで、いったい何処へ?
ほどなくして、銀座の「300BAR」へ行くことに決めた。
あそこは名前こそバーとなっているが、中身は完全にナンパ箱である。
そして、ナンパ箱最下層として知られている。ほかで相手にされない女性と、それを狙っている自信のない男性。そういうところだ。
あそこなら、自分でも勝負になるかもしれない。女性として振舞うということは、相対的価値を扱うということだ。
いつも見ているだけのものの渦中に巻き込まれる。緊張してきた。
「腕を組まないの。」といって、キャバ嬢はニヤニヤしている。
俺はただ、袖口からのぞく腕の太さと、手のサイズばかりを気にしていた。
「じゃあ、いこっか橋本くん。」
そう言われ、ラブホを出る。フロントのおばちゃんが怪訝な顔をしていたが、察してもらえたようだ。
そもそも、これから何倍も怪訝な目で見られるのだから、ラブホのフロントごときでガタガタ言ってられない。
表で撮影をする。
スカートは変えた。どうせなら、露骨な格好のほうがいいと思ったからだ。アキバ系の格好だ。いわゆる「オタサーの姫」というやつかもしれない。
…完全にふざけている。なんだこれは。今こうして見ると、完全に不審者だ。
タクシーを拾うのに、大通りまで歩く。女装して外に出るのは、これが始めてだ。
向かいのラブホから、熟年のカップルが出てくる。
自分の女装を初めて見た他人。
思わず、動きが柔らかくなる。なるべく猫背になって、身長を低く見せようとする。手を後ろで組んで、見られないようにする。内股で歩く。
他人を意識するだけで、その意識に行動が引っ張られるというのは、おそらくはじめての経験だった。
キャバ嬢に耳打ちする。
「どう見られているんですか俺は…」
「え~わかんないよ男だって。黙ってればね!」
ニヤニヤしながらしゃべるので、本気で言っているのか判別できない。
いや、違う。判別できないというより、外のことを感じることにに意識を割きすぎているので、キャバ嬢の身体や声のトーンから、その言葉の価値を見極める余裕がないというのが正しいだろう。
ある種のトランスだった。
タクシーに乗り込んで、新橋駅へ向かう。
新橋駅銀座口から、300BARへ向かう。
週末の300BARは、銀座らしくない人たちでごった返していた。
画像は拾い物だが、これの1.5倍くらい混んでいた。
「はだしのゲン」の原爆投下直後に、メチャクチャな量の人が川に飛び込んだ話を思い出した。
マスクをはずして、階段を下りて、店内へ向かう。
スーツの男性とすれ違う。
いきなり手を握られて、腰に手を回される。
どういう反応もできないというか、してあげられない。声を出したら終わりだからだ。
というか、ここに来るまで声のことを考えていなかったのはどうなんだ。
手を握り返して、階段を下る。
ホールに着く。
驚いたことに、カウンターでは女性料金でドリンクが買えた。すみません。
ビールを一口飲んで、周囲を見渡す。
一人の男が、こちらを見つめている。
見つめるばかりで、アクションは起こして来ない。何だ…?
気づかれているのか、それとも…と思ってから、はっとした。
自分が相手を見つめているから、見つめ返されているのだ。
ただそれだけのことだった。当たり前のことだ。
そんな当たり前のことも取りこぼすほど、周りからどう思われているかということに囚われている。悪いトランスだと思った。
怖い人だったら「何見とんじゃコラ」と言われているところだ。
みんな、俺が思っているほど、俺のことに興味なんかないのだ。
しかし不思議なことに、この格好をしているだけで、自分の視線の先が男へ向かっているのがハッキリわかる。
女の子はほとんど見ていない。CAや警官のコスプレをさせると、相手の性格が衣装に引っ張られてキツめに補正されることがあるが、それに近いのだろうか。
そして、割とかっこいいジャニーズ系の男に「飲んでる?」と声をかけられてしまった。
ここまで来たら、コミュニケーションを取らざるを得ない。
女としては声をごまかすことはできないから、もう仕方ない。オカマということでいこう。
「あら、ぜんぜん飲み足りないわよ~一緒に飲みましょ!」と返す。
相手がフリーズする。
あとはつまらないやり取りだ。
たぶん、コミュニティにおいてマイノリティな属性を持つ人がいつもされていることだ。
何万回もされてきた、つまらない質問責め。
相手の底が見えたことによって、一瞬で現実に引き戻されてしまった。
醒めた。完全に醒めた。
ゲロだ。この男も、俺も、左手のビールも、うるさい音楽も、端でこちらを眺めているワイシャツも、全部ゲロだ。
相手がこちらをどう見ているか、もうどうでもよくなってしまった。
動きが男に戻る。ブラジャーの詰め物が不快に蒸れている。
一度オカマで応対してしまったら、男がほかの女の子も連れてきて囲まれてしまった。
もう収拾がつかない。それに、俺はオネエごっこをするためにここに来たのではない。もうここにいても仕方ないだろう。
着いて30分ほどで300BARを後にする。
そのままホテルに戻るのもなんだったので、普通のバーでキャバ嬢と飲んだ。テーブル席なので、バーテンと会話しなくていい。
もう気付かれているかどうか、どうでもいいのだけれど。
タクシーでホテルまで戻って、化粧を落とす。
服を脱いでウィッグをはずすと、自分の内面に意識を向ける余裕ができた。
自分がかなり疲弊していることがわかった。
肩から力を抜こうとするあまり、肩が張っている。目を大きくしようとしていたので、まぶたの筋肉がかなり疲労している。
女装して外にいたのは3時間ほどだったが、全身ボロボロだった。
仕方ない、あれだけ一点に意識を向けていたのだから、と勝手に納得する。
疲れていた。もう限界だった。まだニヤニヤしているキャバ嬢を尻目に、横になることにした。
ウィッグに付いているワックスを取るのを忘れていたが、もう一度起き上がる力は残っていなかった。
起きたら取ればいいや、起きたら…
薄暗い明かりの中で、キャバ嬢が化粧を落としているのが見えた。
ああ、そういえばすっぴん見てねえな、見てえな、でもダメだ、明日見ればいいや…
うん、寝よう、寝ます…
―アンリ・ベルクソン
相変わらずよくわからないことばかりしている。
SOD風俗調査団だというのに、調査にも行かずアキバ神社でオナニーを見てもらったり、それを記事にして大量にアクセスが来ていることに対して怒ったり、まぁいつも通り好きなようにやらせていただいている。
本当は催眠術の話を書こうと思ったのだが、こっちのほうがいいかと思いこちらにした。
すべての事と催眠が通じているとまでは言わないが、催眠を学んでから見ることで、見えるものは格段に増えたと思っている。それがいいことなのかどうかはまだ、わからないが。
だいぶ前に、キャバクラへ行った。
酔っ払ってあまりよく覚えていないのだが、そこで指名した子と女装の話をしたらしい。
そして「今度服を買いに行こうよ。」と言われた。自分でも卑怯だと思う。
自分が20代前半であることをダシにして、向こうの心理的抵抗が減っていることにつけこんで女装でハードルを下げ、店外へ引っ張る。
まあ、キャバクラが化かし合いなのでそれに引っかかる人が悪いという擁護もありそうだが。
服を買いに行こうよというのは営業トークだと思っていたのだが、向こうは自分が女装するのを見たかったらしく、一緒に出かけ、服を買っていただいた。
ホテルで女装をした。
基本的にそっちに目覚める人というのは、鏡に映った自分を見て「可愛いやんけ・・・」と思うことでその道にのめり込み始めるらしいのだが、自分は鏡を見てまず「これはねえな・・・」と思った。
化粧をしていても、俺は俺なのだ。セミロングの髪をしていても、二重になっていても、まつげがバチバチでも、俺は俺なのだ。
性自認も関係あるかもしれない。結局、俺は俺でしかないと思っていると、身体の動きが男そのものである。
まぁそんなこんなで、鏡の向こう側は別世界になってくれなかった。
でも、女装というのは悪くなかった。
普段、知覚しようとしていなかった外界への意識が敏感になるのをハッキリと感じる。
俺は女に見えているのか?それとも単なるイロモノのオカマなのか?もしくはその中間を疑われているのか…
目の前の人間は、俺をどう見ているのか?どこを見ているのか?俺を見たことによって相手の身体や声、動きに乱れは起こったか?
普段は自分の声に相手がどう誘導されるかということしか考えていなかったが、女装によってまた別の知覚の扉が開いたのを感じた。
ということをキャバ嬢に伝えたら、「じゃあそれで遊びに行こうよ!」と言われた。
そうきたか。
まぁ別にいいか。いまさら女装して外に出た程度で失うものもない。
どうせやるなら、自分のしていることのクオリティを客観視してみたい。
動きのアプローチと化粧は、もともとの身体的ハンディを克服できるのか。興味はあった。
おそらく向こうは、単なる酔狂くらいにしか思っていないだろうが。
というわけで・・・
やってみましょう。
この写真を調査団の方が見ていると思うと陰鬱な気分になりますが、とりあえず忘れて…
文京区のラブホに入る。
毛を剃って化粧をすると、2時間ほど経過していた。
ウィッグ(カツラ)は美容師の友達に頼んで綺麗に整えてもらった。
この日は猛暑日だった。ただでさえ身体のラインを隠すような格好をしているので、暑くて仕方ない。
それで、いったい何処へ?
ほどなくして、銀座の「300BAR」へ行くことに決めた。
あそこは名前こそバーとなっているが、中身は完全にナンパ箱である。
そして、ナンパ箱最下層として知られている。ほかで相手にされない女性と、それを狙っている自信のない男性。そういうところだ。
あそこなら、自分でも勝負になるかもしれない。女性として振舞うということは、相対的価値を扱うということだ。
いつも見ているだけのものの渦中に巻き込まれる。緊張してきた。
「腕を組まないの。」といって、キャバ嬢はニヤニヤしている。
俺はただ、袖口からのぞく腕の太さと、手のサイズばかりを気にしていた。
「じゃあ、いこっか橋本くん。」
そう言われ、ラブホを出る。フロントのおばちゃんが怪訝な顔をしていたが、察してもらえたようだ。
そもそも、これから何倍も怪訝な目で見られるのだから、ラブホのフロントごときでガタガタ言ってられない。
表で撮影をする。
スカートは変えた。どうせなら、露骨な格好のほうがいいと思ったからだ。アキバ系の格好だ。いわゆる「オタサーの姫」というやつかもしれない。
…完全にふざけている。なんだこれは。今こうして見ると、完全に不審者だ。
タクシーを拾うのに、大通りまで歩く。女装して外に出るのは、これが始めてだ。
向かいのラブホから、熟年のカップルが出てくる。
自分の女装を初めて見た他人。
思わず、動きが柔らかくなる。なるべく猫背になって、身長を低く見せようとする。手を後ろで組んで、見られないようにする。内股で歩く。
他人を意識するだけで、その意識に行動が引っ張られるというのは、おそらくはじめての経験だった。
キャバ嬢に耳打ちする。
「どう見られているんですか俺は…」
「え~わかんないよ男だって。黙ってればね!」
ニヤニヤしながらしゃべるので、本気で言っているのか判別できない。
いや、違う。判別できないというより、外のことを感じることにに意識を割きすぎているので、キャバ嬢の身体や声のトーンから、その言葉の価値を見極める余裕がないというのが正しいだろう。
ある種のトランスだった。
タクシーに乗り込んで、新橋駅へ向かう。
新橋駅銀座口から、300BARへ向かう。
週末の300BARは、銀座らしくない人たちでごった返していた。
画像は拾い物だが、これの1.5倍くらい混んでいた。
「はだしのゲン」の原爆投下直後に、メチャクチャな量の人が川に飛び込んだ話を思い出した。
マスクをはずして、階段を下りて、店内へ向かう。
スーツの男性とすれ違う。
いきなり手を握られて、腰に手を回される。
どういう反応もできないというか、してあげられない。声を出したら終わりだからだ。
というか、ここに来るまで声のことを考えていなかったのはどうなんだ。
手を握り返して、階段を下る。
ホールに着く。
驚いたことに、カウンターでは女性料金でドリンクが買えた。すみません。
ビールを一口飲んで、周囲を見渡す。
一人の男が、こちらを見つめている。
見つめるばかりで、アクションは起こして来ない。何だ…?
気づかれているのか、それとも…と思ってから、はっとした。
自分が相手を見つめているから、見つめ返されているのだ。
ただそれだけのことだった。当たり前のことだ。
そんな当たり前のことも取りこぼすほど、周りからどう思われているかということに囚われている。悪いトランスだと思った。
怖い人だったら「何見とんじゃコラ」と言われているところだ。
みんな、俺が思っているほど、俺のことに興味なんかないのだ。
しかし不思議なことに、この格好をしているだけで、自分の視線の先が男へ向かっているのがハッキリわかる。
女の子はほとんど見ていない。CAや警官のコスプレをさせると、相手の性格が衣装に引っ張られてキツめに補正されることがあるが、それに近いのだろうか。
そして、割とかっこいいジャニーズ系の男に「飲んでる?」と声をかけられてしまった。
ここまで来たら、コミュニケーションを取らざるを得ない。
女としては声をごまかすことはできないから、もう仕方ない。オカマということでいこう。
「あら、ぜんぜん飲み足りないわよ~一緒に飲みましょ!」と返す。
相手がフリーズする。
あとはつまらないやり取りだ。
たぶん、コミュニティにおいてマイノリティな属性を持つ人がいつもされていることだ。
何万回もされてきた、つまらない質問責め。
相手の底が見えたことによって、一瞬で現実に引き戻されてしまった。
醒めた。完全に醒めた。
ゲロだ。この男も、俺も、左手のビールも、うるさい音楽も、端でこちらを眺めているワイシャツも、全部ゲロだ。
相手がこちらをどう見ているか、もうどうでもよくなってしまった。
動きが男に戻る。ブラジャーの詰め物が不快に蒸れている。
一度オカマで応対してしまったら、男がほかの女の子も連れてきて囲まれてしまった。
もう収拾がつかない。それに、俺はオネエごっこをするためにここに来たのではない。もうここにいても仕方ないだろう。
着いて30分ほどで300BARを後にする。
そのままホテルに戻るのもなんだったので、普通のバーでキャバ嬢と飲んだ。テーブル席なので、バーテンと会話しなくていい。
もう気付かれているかどうか、どうでもいいのだけれど。
タクシーでホテルまで戻って、化粧を落とす。
服を脱いでウィッグをはずすと、自分の内面に意識を向ける余裕ができた。
自分がかなり疲弊していることがわかった。
肩から力を抜こうとするあまり、肩が張っている。目を大きくしようとしていたので、まぶたの筋肉がかなり疲労している。
女装して外にいたのは3時間ほどだったが、全身ボロボロだった。
仕方ない、あれだけ一点に意識を向けていたのだから、と勝手に納得する。
疲れていた。もう限界だった。まだニヤニヤしているキャバ嬢を尻目に、横になることにした。
ウィッグに付いているワックスを取るのを忘れていたが、もう一度起き上がる力は残っていなかった。
起きたら取ればいいや、起きたら…
薄暗い明かりの中で、キャバ嬢が化粧を落としているのが見えた。
ああ、そういえばすっぴん見てねえな、見てえな、でもダメだ、明日見ればいいや…
うん、寝よう、寝ます…