こんにちは。このブログを見てくださってありがとうございます。
大晦日はどこへも行かずに色々と考え事をしています。
28日は千原さんと宮台真司先生の男女素敵化大会議へ行ってきました。

壇上に立たれていた方々は、何かを成し遂げられて、そこから思ったことについて語られていましたが、会場で話を聞いていた方たちとの温度差のようなものを感じました。

僕がはじめてナンパをしたときは、呼吸は乱れ、額から汗が吹き出し、胸には不快感が充満して、ゲロを吐きそうになりながら女の人に声をかけました。
当然そんな気持ち悪い人から声をかけられても女の子が取り合ってくれるはずもなく、「あっ大丈夫です・・・」と言われてスルーされました。
僕はそれから何度かチャレンジをして、ナンパができるようになった(こう書くと本職の方に怒られそうですが・・・)のですが、ゲロを吐きそうになったとき、声をかけるのを諦める人もたくさんいると思います。
あれは本当に辛いものです。負の感情だけが先鋭化して、周りの視線や、雑踏の音がドス黒いイメージとして自分の中に入っていくのです。そしてその黒いイメージは自分を縛っていきます。
その後、僕はナンパした女の子で童貞を捨て、それから色の道へ入って今へ至るのですが、挑戦しなければ勝つことも負けることもないと思っています。そしてそれが一番の悪だと思います。
負けない事は居心地の良いことですが、自分を停滞させます。
僕が行動できたことも、ナンパでセックスできるようになったことも、運が良かったと思っているので「お前らがやらないのは甘えだよ」とは決して言えませんが・・・

諦めた人たち、挑戦すらしていない人たちは置いてけぼりにされている、もしくは聞くだけで満足して、何も変わらないイベントだな、と思いました。
自己啓発本を読んだり、講演会に行って何かを成した気分になったけれど、いざ行動に移そうとすると何もできなかった、という人はたくさんいると思います。今回のイベントの主旨は「成し遂げてどうするか、手に入れた力を何に使うか」ということだと僕は思っているので、確かに勝負のリングに立てない人に対して語りかけることは無駄だと思うのですが、勝負のリングに立てない人はどうしたらいいのでしょうか。リングに上がる勇気のない人が、さみしさをごまかすために風俗に行くのでしょうか。僕もそうなのでしょうか。
そんなことを歌舞伎町のラブホテルでぼんやりと考えていました。

イベントの翌日、友達にナンパを教えたのですが、心底辛そうにしていました。
歩きがぎこちなく、視線は固定され、会話までは聞こえませんでしたが、おそらく会話を早く終わらせたいため、高音で早口の喋りを女の子にぶつけていたことでしょう
緊張すると高音の声が出やすくなりますよね。逆に言えば、低い声を出すことを意識するだけで、身体は少し、緊張から開放されます。
泣きそうになりながら辛そうにナンパをする彼を見て、「こんなことする必要あるのかな・・・」と思いました。
イベントの帰りに、仕事上がりのキャバ嬢に「仕事終わったの?いま暇?」というヘタクソな声かけをしているエグザイルみたいな男がいました。5人くらいに声をかけていたのを見ましたが、完全スルー(いわゆるガンシカ)されていました。
辛い、怖いという感情を押し殺してナンパを続けると、相手がどういう人なのかを見ることができなくなり、彼のような男になってしまうのではと思います。
相手を見ずに、女を見る、もしくはマンコを見る、マンコのために口説きを覚えるということをしていても、幸せにはなれないのではないでしょうか。

僕がナンパを教えた友達をどう導けばいいのか、まだ僕にはわかりませんが、とにかく彼のようにはなってほしくないと思いました。
何人やったとか、ホテルまで何分とか、そんなことどうでもいいから、目の前にいる子との会話を心から喜べるようになってほしいなと、半泣きの彼を見て思いました。

22時くらいまでにはこのブログを書き上げようと思っていたのですが、遅くなってしまいました。
2014年もよろしくお願いします。